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解説

ジョージアの巨匠
テンギズ・アブラゼ監督、
渾身のトリロジー
世界映画史の金字塔
『祈り 三部作』を、この夏、一挙上映!

コーカサスの国ジョージア(グルジア)に、映画が誕生して今年で110年になる。歴史あるジョージア映画は、草創期より自国の民族文化を積極的にとり入れて、ソ連邦時代をとおして独自の発展を遂げてきた。そして激動する時代の影響を受けながらも、シェンゲラヤ監督『放浪の画家ピロスマニ』、イオセリアーニ監督『落葉』など、数々の名作を製作してきた。その豊穣な作品群のなかで、テンギズ・アブラゼ監督が20年近くの歳月をかけて完結させた『祈り 三部作』は、ひときわ燦然たる輝きを放っている。

荘厳なる映像詩『祈り』、
51年の歳月を経て、遂に日本初公開!

アブラゼ監督(1924〜1994)は、レヴァズ・チヘイゼと共同監督した劇映画第1作「青い目のロバ(原題『マグダラのロバ』)」(1955)が、カンヌ国際映画祭短編部門グランプリを見事受賞し、第2次世界大戦後のジョージア映画を牽引してきた。1960年代から人間と社会の不条理を根源的に見すえた『祈り』(67)、『希望の樹』(76)、『懺悔』(84)を製作、自ら三部作と名づけた。特に『懺悔』は人々にスターリン時代の粛清を思い起こさせ、ソ連邦のペレストロイカの象徴となり世界的に注目された。『祈り』は日本初公開であり、三部作一挙上映は世界でも極めて稀な試みである。

分断と対立が拡がる現代に、
人間社会の真実を描く黙示録的大作!

コーカサスの厳しい自然を背景に、人々の対立をモノクロームの荘厳な映像で描いた『祈り』。20世紀初頭、革命前の農村を舞台に、美しい娘と青年の純愛が因習や貧困によって打ち砕かれる姿を描く『希望の樹』。架空の都市を舞台に、独裁者による粛清を描いた『懺悔』──『祈り 三部作』は、太古から変わらぬ人間の迷妄や欲望がもたらす社会的暴力を、詩的、寓話的に描き、人間性を虐げるものを鋭く告発する。しかしその根底にはアブラゼ監督の人間への限りない愛情と信頼、寛容、愛、自由に対する祈りがこめられている。

「我々は何者か?
どこから来て、どこに向かっているのか?」
──アブラゼ

『祈り』の冒頭に、ジョージアの国民的作家ヴァジャ・プシャヴェラ(1861〜1915)の「人の美しい本性が滅びることはない」という言葉が置かれている。この言葉には「三部作」に共通するテーマ、人間の善良さや魂の気高さへのアブラゼ監督のつよい願いがこめられている。『懺悔』に主演のアフタンディル・マハラゼ氏は「今、公開されることはとても重要だ。30年以上も前に作られた作品なのに古く感じないということは、社会の状況がよくなっていないということだから」と語っている。三部作は混迷する現代への黙示録であり、精神性への希求において至高の域に達している。

歳月を越えて、
コーカサスの国から
世界に発せられたメッセージ

それぞれの映画の舞台は、『祈り』ではコーカサスの峻厳な山々に囲まれた村、『希望の樹』は東ジョージアの小さな農村、『懺悔』はジョージアの架空の町という、いずれの作品もジョージアの地方を舞台にしている。しかしこの小さな地域で描かれた物語は世界のどこの社会でも起こりうることだ。アブラゼ監督は、映画が民族的であるほど、より普遍なものになると考えていたように、3作品には辺境ともいえる地を舞台にすることによって、人間にとって普遍の世界を描くという一貫した姿勢がある。

「祈り」3部作