ミセス・クルナス vs. ジョージ・W・ブッシュ

1963年、東ドイツのテューリンゲン州ゲーラ生まれ。演劇一家の出身で、高校生だった1979年から自主映画を撮り始める。1984から、シュヴェリーン劇場で音響技師として働いた後、東ドイツの公式映画製作機関DEFA(デーファ)の劇映画スタジオの研修を経て、ギュンター・ライシュ監督の助監督を務める。1986年から91年まで、ポツダム＝バーベルスベルクの名門コンラート・ヴォルフ映画TV大学で演出を学び、1992年よりフリーランスの作家、監督として活動。

1992年、ソ連崩壊時の東ドイツの出来事を描いた悲喜劇『SILENT COUNTRY』で長編劇映画の監督デビューを果たす。2002年、2組のカップルを描いた完全即興の悲喜劇『GRILL POINT』が世界中で人気を博し、ベルリン国際映画祭銀熊賞、バイエルン映画賞、ドイツ映画賞銀賞など数々の賞を受賞。高齢者の愛とセクシュアリティをテーマにした即興劇『CLOUD 9』(08)は、第61回カンヌ国際映画祭ある視点部門の審査員特別賞、ドイツ映画賞主演女優賞（ウルスラ・ヴェルナー）、監督賞、作品賞（銅賞）、トリエステ映画祭主要賞を含む数々の賞を受賞した。余命数ヶ月と診断された男の別れの旅を描いた『STOPPED ON TRACK』（11）は第64回カンヌ国際映画祭ある視点部門グランプリを受賞。ドイツ映画賞では作品賞（金賞）、主演男優賞（ミラン・ペシェル）、助演男優賞（オットー・メリエス）、監督賞を受賞した。2015年には、“東ドイツ版トレインスポッティング”と評されたクレメンス・マイヤーのベストセラー小説『AS WE WERE DREAMING』を映画化。

東ドイツに実在したシンガー・ソングライターのゲアハルト・グンダーマンを、アレクサンダー・シェアーを主役に迎えて描いた『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』（18）は大ヒットを記録。観客、批評家ともに好評で、ドイツ映画賞で最優秀作品賞（金賞）、最優秀監督賞、最優秀脚本賞を含む6部門を受賞した。最新作は、ナチス・ドイツに抗った実在の女性ヒルデ・コッピを描いた『From Hilde, With Love』。第74回ベルリン国際映画祭でワールドプレミアを迎えた。

― この題材との出会いは偶然ですか？

監督 : 2008年、当時のプロデューサーにムラート・クルナスの本*を渡されたのがきっかけです。とても感情が揺さぶられました。こんなに不公平なことはない。やり場のない怒りが湧き上がってきました。このようなことが可能であり、現代に起こっていることが信じられなかった。その後、ブレーメンでムラートに会いました。グアンタナモで過ごした数年間について、とても穏やかに、復讐心をまったく持たずに話してくれたことが非常に印象的だった。当初の企画では、ムラートの物語にするつもりでしたが、うまくいきませんでした。古典的な刑務所ドラマに共通するような、希望のきらめきがまったくなかったんです。草稿はすべて暗い絶望の淵に埋もれてしまいました。

そんな時に、ラビエとベルンハルトが現れたんです。ブレーメンで夕食を共にしたんですが、ラビエという女性は、計り知れない強さと人生に立ち向かう勇気、そして独特のユーモアを持った素晴らしい人だと思いました。ベルンハルト・ドッケとは、ムラートと出会った時に知り合ったんです。この2人の視点からだったら、物語をよりよく語ることができるかもしれないというアイデアが、帰りの電車の中で浮かびました。

*2007年に出版されたムラート・クルナスの著書「Five Years of My Life: An Innocent Man in Guantanamo」（私の5年間／グアンタナモに収容された無実の男）

― 本作のユーモアが、実際のラビエから引き出されたものであることは心強いですね。主演のメルテム・カプタンは、この役に、さらに何をもたらさなければならなかったんでしょう？

監督 : ラビエという、素晴らしく、そして一癖も二癖もある女性を演じられる俳優を探すのに、長い時間がかかりました。ラビエ本人と、ある種の一致する部分が必要でした。もちろんドイツ系トルコ人というバックグラウンドも。しかし何よりも、映画をエネルギッシュなものにしてほしかった。このキャラクターの美しさと強さを作り上げるためには、天真爛漫さが重要でした。そもそもラビエがこの戦いに挑むのに必要なものだったんです。考えすぎることは、彼女の場合むしろ諦めにつながってしまうでしょう。メルテム・カプタンはコメディアンで、映画で主役を演じたことはありませんでしたが、最初のスクリーンテストから私の感情を揺さぶりました。彼女のような、世界を抱きしめて前進する人を母親にしたいと思うはずです。

― ムラートがグアンタナモから解放されたのは2006年8月です。ラビエの物語が今日語られるためには、このような時間の間隔が必要だったんでしょうか。

監督 : ラビエの物語をポジティブにとらえ、弱き者の強さを語るこの視点が私にとって疑問の余地がない明白なものであることを認識するために、この間隔が必要でした。メディアで重大な政治的問題を知ったとき、自分たちにできることはあまりないと思って諦めてしまいがちです。しかし突然、自分にも何かできることがあると思える時がくるんです！世界は一枚岩に見えるかもしれないけれど、実は変わりやすい。ドイツから来たトルコ人の主婦はブレーメンを出発し、アメリカ大統領を敵に回して勝つことができる。映画の中でそれを語ることは、私にとってたまらないことでした。なぜなら、とても勇気づけられるだけでなく、多くの疑問を投げかけることもできるから。

*本国プレス資料より抜粋

1965年、東ドイツのテューリンゲン州生まれ。中等学校卒業後、ドイツ民主共和国テレビ局などを経て、1986年から1990年までバーベルスベルクにあるコンラート・ヴォルフ映画TV大学でドラマトゥルギーを学ぶ。1990年から脚本家、劇作家として活動する傍ら、プロデューサーとして映画やテレビ作品の制作に携わる。アンドレアス・ドレーゼン監督とは映画やTV映画でタッグを組むことが多く、本作が7本目となる。『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』（18）ではドイツ映画賞最優秀脚本賞を、本作でベルリン国際映画祭銀熊賞（脚本賞）を受賞。その他の映画作品に、『不倫時間』（マリア・シュラーダー監督）、『ヘアドレッサー』（ドリス・デリエ監督）など。

ドイツ、ギュータースロー生まれ。ドイツのマールブルク大学とトルコの名門ボアズィチ大学で英語やメディア学、グラフィック等を学び、その後アメリカのウェスタン・ワシントン大学で演技や歌を専攻。2003年、ワシントンを拠点に活動するサマー・ストック・カンパニーに参加し、『ウエスト・サイド・ストーリー』や『スウィーニー・トッド』など様々なミュージカルに出演する。2007年から活動の拠点をドイツに移し、ラジオ番組を皮切りにコメディアンとして知られるようになる。2008年以降、数々のスタンドアップ・コメディ・ショーやテレビ番組に出演。2019年からTVコメディ番組『Ladies Night』のホストを務め、2021年からは料理番組の司会を務める。他にも、小説を執筆するなど活動は多岐にわたる。2017年、トルコのアクションコメディ『MORTAL WORLD』で映画初出演。ドイツ映画デビュー作となった本作で初主演を果たし、第72回ベルリン国際映画祭で銀熊賞（主演俳優賞）を受賞。

1976年、東ベルリン生まれ。独学で演技を学び、22歳のときにレアンダー・ハウスマン監督に見出される。1999年に映画『SONNENALLEE』で主演デビューを飾り一躍有名になる。ボーフム劇場でハウスマンと専属契約を結んだ後、ハンブルク・ドイツ劇場、ウィーンのブルク劇場を経て、ベルリンに戻る。2001年以降、フランク・カストルフが演出を手掛けた『白痴』『賭博者』『カラマーゾフの兄弟』などに出演し、ベルリンのフォルクスビューネ劇場を代表する主演俳優のひとりとなった。2009年、英国の伝説的俳優エドマンド・キーンを演じた舞台『KEAN』で、演劇誌『シアター・ホイテ』の年間最優秀俳優に選出される。舞台以外にも、数多くの映画や配信作品に出演している。近年の出演作に、2021年のNetflix映画『ブラッド・レッド・スカイ』(2021)や、Amazonシリーズ『WE CHILDREN FROM BAHNHOF ZOO』(21)のデヴィッド・ボウイ役、ファスビンダーの伝記映画『ENFANT TERRIBLE』(20)のアンディ・ウォーホル役など。アンドレアス・ドレーゼン監督作品では、実在のシンガー・ソングライターのゲアハルト・グンダーマンを演じた『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』（18）でドイツ映画賞主演男優賞を含む数々の賞を受賞した。入念な準備と徹底的なリサーチをすることで知られる。本作ではベルンハルト・ドッケ本人と共に時間を過ごし、事件資料を読み込み、法廷に立つ人権派弁護士を参考にするなどして役作りをした。