映画を見ながら、私の脳裏には、かつてコロンビア南部で取材した左翼ゲリラの様子がありありとよみがえってきた。同国を拠点とした中南米最大のゲリラ「コロンビア革命軍」(FARC) の野営地を訪ねた時の記憶である。映画に登場する密林の中のテントや、木を積み上げてつくったベッド、自動小銃を背負って歩く少年少女たちの姿が、FARCの野営地で目にした光景と重なり合って見えたのだ。
アレハンドロ・ランデス監督が「コロンビアの内戦という特殊な状況からインスピレーションを得た」と語っていることからもわかるように、映画に登場する少年少女たちのモデルは、コロンビアの複数のゲリラ組織の中でも最大だったFARCの戦闘員たちに違いない。映画の中の少年少女はおそらく10代で徴兵されたと想像され、密林や高地に潜伏しながら、政府軍と戦ったり、人質の拘束を続けたりしている。それは、FARCの戦闘員たちの実際の境遇や活動と実によく似ている。
FARCは、1959年のキューバ革命をきっかけに、社会主義に基づく国家建設を目指した地方農民らがつくったゲリラ組織だ。結成は1964年。一部の金持ちが支配する社会秩序の変革を訴え、現状に不満を抱く農村部の若者らを勧誘して戦闘員を集めていた。農民に土地の分配を約束して支持を広げながら、最盛期には約1万7千人の戦闘員を擁し、一時はコロンビアの国土の3分の1を支配したこともある。一方で、資金獲得の目的で麻薬の密造と密売にも手を染め、要人や外国人を誘拐して巨額の身代金請求を繰り返した。
コロンビアではFARCの他にも複数の反政府ゲリラが現れ、政府軍や右派民兵組織と衝突する内戦状態が続いた。犠牲者は26万人以上にのぼる。500万人を超える人々が故郷を追われ、約8万人が今も行方不明のままだ。歴代政権は最大のゲリラ組織であるFARCと何度も和平交渉を試みたが失敗し、国民の間には「戦争は永遠に終わらないのではないか」というあきらめさえ漂っていた。そんななか、4年にわたる交渉の末、コロンビア政府とFARCが2016年9月に歴史的な和平合意を結ぶに至った。FARCは合意内容に従って武装解除し、合法的な政党へと生まれ変わった。
ただ、内戦で生じた分断はそう簡単には埋まらなかった。和平合意の署名式典からわずか6日後、やっと結ばれた和平合意が国民投票で否決されてしまったことが、溝の深さを何よりも物語っていた。背景にあったのは「ゲリラを許すな」「ゲリラへの対応が甘すぎる」といった反対派の声だった。最終的には、合意内容の一部を修正した新合意が議会で承認され、和平プロセスは何とかスタートしたものの、反対派の声は現在も和平の進展に影を落とし続けている。映画「MONOS」はまさに、そんなコロンビアの歴史的局面につくられた作品である。
(※本稿の全文は、劇場パンフレットに掲載されます。)