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6月27日(土) シアター・イメージフォーラムにて公開
台北、西門町に佇む中山堂。日本統治時代に建てられ、長い歳月の歴史を刻むその館内の薄闇に浮かび上がる、もう若くはない13人の顔、顔、顔…。ある者は黙って遠慮がちにレンズを見据え、ある者は身の上話を語り、ある者はハーモニカを吹き、そしてある者はカメラを前にしながらうたた寝を始める…。その市井の人々の顔の、皺一本一本が、まなざしが、口元のかすかな動きが、彼らが生きてきた人生を饒舌に語り始める。余分な情報を排したドキュメンタリーなのに豊饒なドラマを思わせる、特別な体験だ。
前作『郊遊 ピクニック』で商業映画からの引退を表明していたツァイ・ミンリャン監督が5年ぶりに放つ本作は、ヴェネチア国際映画祭でワールドプレミア上映されるや「彼の映画人生の新たな一歩を踏み出した」(ハリウッドリポーター誌)と言わしめた。 音楽には坂本龍一を起用。第二作『愛情萬歳』(’94) 以降、既成楽曲しか使ってこなかった監督、久々のオリジナル音楽。本作で坂本は、台湾金馬奨 音楽賞にノミネート、台北電影節では見事受賞を果たしている。出演者は監督作に欠かすことの出来ないリー・カンションを除き、全て監督が台北の街なかで見つけた一般の人々である。

撮影場所:
台北中山堂
( 旧 台北公会堂 )

建築家 井手薫の設計によって、日本統治時代の1936年に完成。戦後、日本が撤退する際の調印式が行われたことでも有名。現在は演劇他の公演が行われている。

監督 蔡明亮

1957年、マレーシア生まれ。ホウ・シャオシェンやエドワード・ヤンに続く、台湾ニューウェーブ第二世代の代表的監督。77年に台湾に移住し、台北にある中華文化大学で映画・演劇を専攻。92年、『青春神話』で映画監督デビュー。『愛情萬歳』(94)でヴェネチア国際映画祭金獅子賞を、『河』(97)でベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞し、世界的に注目を集める。
近年はアートインスタレーションにも進出。托鉢僧に扮したリー・カンションが、群衆の中を超スローモーションで歩く様子を撮影する“行者(Walker)”プロジェクトを2012年から開始。現在までに、7作の短編を仕上げている。
10作目の長編作『郊遊 <ピクニック>』(13)でヴェネチア国際映画祭審査員大賞を受賞。商業映画からの引退を表明するも、2018年に『あなたの顔』を製作。そして2020年には、11作目となる長編劇映画「日子」(英題:Days)を発表し、ベルリン国際映画祭コンペティション部門に選出された。

音楽  坂本龍一

1952年東京生まれ。1978年『千のナイフ』でソロデビュー。同年「Yellow Magic Orchestra」を結成。散開後も多方面で活躍。
『戦場のメリークリスマス』(83/大島渚監督)で英国アカデミー賞を、『ラストエンペラー』(87/ベルナルド・ベルトルッチ監督)では米アカデミー賞オリジナル音楽作曲賞、グラミー賞他を受賞。常に革新的なサウンドを追求する姿勢は世界的評価を得ている。
2014年7月、中咽頭癌の罹患を発表したが、1年に渡る治療と療養を経て2015年、山田洋次監督作品『母と暮せば』、アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督作品『レヴェナント:蘇えりし者』の音楽制作で復帰を果たした。2017年春には8年ぶりとなるソロアルバム「async」を発表し高い評価を得ている。

 3年前のある日、僕はヴェニスの浜辺をぶらぶら歩いていたのだが、遠くで「サカモトー」と呼ぶ声が聞こえた気がして、ふと振り返るとツァイさんが満面の笑顔でこちらに手を振っている。警戒心の微塵も感じられない、なんと親愛に溢れた表情なんだろうと、なかば呆気にとられる。その時、この人のためなら何でもしてやろうと思ったのだった。

 それから数ヶ月後にツァイさんのオフィスから連絡があり、新しい映画のために音楽を作ってくれと。ぼくはすぐにもちろんと返事をする。音楽の方向性はと聞くと、何もない、好きにやってくれという答え。

 送られてきた映像を見、早速いろいろな音を試してみる。いわゆる「音楽」は似合わない。音と間が必要だ。あのミニマルな映像に適切な音、間とはなにか。最初にピアノで試し、それを映像に合わせてみると、非常にせわしない。だめだ、忙しすぎる。音楽独自の時間が映像の邪魔をしてしまう。今度は映像を見ながら、音を出していく。そういうプロセスを繰り返しながら、納得のいく間をとっていく。この作業にはどんな理論も役に立たない。ひたすら感覚の命ずるところによって決めるのだ。

 数日して、音と間による12のピースができ、それを監督に送る、「自由にお使いください。切り刻んでも、全く使わなくても自由です」というメッセージを添えて。

 完成した『あなたの顔』を観て、特に嬉しかったのは、最後の室内のシーンのために作った音を、ツァイさんはやはりそのシーンに使っていたことだ。言葉を交わさず、映像と音だけで意思が通じたと確信できる出来事だった。このように幸福な映画音楽プロジェクトは人生で度々あるものではない。

坂本龍一
コメント

とてつもなく、シンプルなのに
それぞれの過ごしてきた時間・環境・人となりが
とてつもなく、強烈に、伝わってくる。
世界中でツァイ・ミンリャン監督にしか作れなかった作品。

永瀬正敏俳優

この映画を見なければ、私は他人の顔というものを知らずにいただろう。
こんなに動く顔をじっと見つめたことはなかった。
造形、皺、質感。それらは一時も停滞せずに、まるで動く地図のようだった。
人は誰もが各々の地図を持っている。
複雑な地図、単純な地図、私たちは常に地図を書き換えながら、生きている。

藤代冥砂写真家・小説家

なぜ僕のところにこの映画のコメント依頼が来たんだろう‥‥僕の今後のアート活動を抜本的に見直せということなのか‥‥そうかもしれない‥‥よかろう‥‥人間か‥‥時間か‥‥

会田誠美術家

人の顔をじっと凝視するというタブーに挑戦するのは新鮮な体験でした。
舌ペロペロおばさん、ハーモニカおじさんなど個性的な顔から目が離せません。
業や人生や性質が露わになる顔を人に見せるのが怖くなってきました。

辛酸なめ子漫画家・コラムニスト

ラストの建築空間のロングショットで、ようやく深く息を吸うことができた。建物に光が射したり翳ったりする様子は美しく、浄化を感じたし、そこには「私」の感情が入る余地があった。逆にいえばそれまでの時間、他者の顔を見続けた「私」が、どれだけ精神を張りつめていたかということだ。人間の顔とはなんと多くの意味を隠しもち、こちらの想像を超越したものなのか。ユダヤ人としてドイツ軍に収容され、親族のほとんどを亡くした経験をもつ哲学者レヴィナスは、人間の顔こそが「汝殺すなかれ」と、他者に倫理を要請してくると言った。他に開かれてある「顔」が有している、深い不可触性に打たれた。あいかわらずツァイ・ミンリャンは人を戦慄させる監督だ。

中村佑子映画監督

最初は「いったい僕は何を鑑賞しているんだろうか」という気分になったが、冒頭に登場する女性がふいに笑みを浮かべ、過剰さの全くない音楽が絶妙なタイミングで鳴り出したあたりで一気に画面に引き込まれ、見終わってみたらとてつもない非日常の感覚がなぜか残る不思議な作品だった。

ユザーンタブラ奏者

ひたすら続く顔のみの映像と向かい合いながら、何を見てるのか分からなくなる。自分の顔を眺めているような、自分があちら側にいて見られているような錯乱がおきる。これは、問いなのだろう。監督から一三人への。一三人から私たちへの。私から私への。とにかく、初めての映像体験だった。

東直子歌人、作家

人の顔に現れている歴史の厚み、情報の密度の濃さは、こんなにも長い時間、味わっていられるのか!できそうでできない、未知の体験を与えてくれる映画。歳月を経た顔の豊かさ美しさをまざまざと見せてくれる、アンチ・アンチエイジング映画。

岡田利規
演劇作家/小説家/チェルフィッチュ主宰

風化した石を思わせる匿名の顔たちに堆積した時間。その顔たちが「カット」の声がかからない決まり悪さに耐えつつ、キャメラの無遠慮な視線に反応したりしなかったりする時間。顔をめぐるさまざまな時差を包み込むのは、最後に映し出される台北中山堂だ。自身の人生の時間が畳み込まれているというこの建物もまた、蔡明亮は「顔」として撮る。

遠山純生映画評論家
上映劇場
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