家もなく、法もなく。自由と孤独の果てにひとりの若い女が死んだ。時代を切り開いた映画作家、アニエス・ヴァルダの最高傑作。

彼女は、路上を選んだ。

『冬の旅』

Trailer 予告編

予告編

Introduction イントロダクション

ルフポートレイトの集大成とも言うべき遺作『アニエスによるヴァルダ』を発表後、2019年3月、生涯現役を貫いて90歳で逝った映画作家アニエス・ヴァルダ。劇映画『幸福(しあわせ)』、『5時から7時までのクレオ』『歌う女、歌わない女』、ドキュメンタリー『落穂拾い』『顔たち、ところどころ』…。フィクション、ノンフィクションを自由に行き来して、傑作を数多く遺したヴァルダの、劇映画の最高傑作と言われるのが『冬の旅』である。

1985年ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞。フランス本国では作品の評価はもちろん、興行面でもヴァルダ最大のヒット作と言われているが、題材の難しさゆえか日本では公開まで6年を要し、興行も成功に至らず、作品も正当に評価されたとは言い難かった。
しかし30年以上の歳月を経て2022年3月に東京・国立映画アーカイブの特集《フランス映画を作った女性監督たち―放浪と抵抗の軌跡》での一度限りの上映は大盛況。死後3年を経てミッシングピースを埋めるかのように『冬の旅』再評価の機運が高まっている。

Story ストーリー

場面写真の寒い日、フランス片田舎の畑の側溝で、凍死体が発見される。
遺体は、モナ(サンドリーヌ・ボネール)という18歳の若い女だった。

場面写真

ナは、寝袋とリュックだけを背負いヒッチハイクで流浪する日々を送っていて、道中では、同じく放浪中の青年やお屋敷の女中、牧場を営む元学生運動のリーダー、そしてプラタナスの樹を研究する教授などに出会っていた。
警察は、モナのことを誤って転落した自然死として身元不明のまま葬ってしまうが、カメラは、モナが死に至るまでの数週間の足取りを、この彼女が路上で出会った人々の語りから辿っていく。
人々はモナの死を知らぬまま、思い思いに彼女について語りだす。

Director 監 督

アニエス ヴァルダ Agnes varda アニエス・ヴァルダ

1928年5月30日、ベルギー・ブリュッセル南部生まれ。ギリシャ人の父とフランス人の母を持ち、4人の兄弟と共に育った。第二次世界大戦中の1940年、母親の出身地である南仏の港町セートに家族で疎開、船上生活を送る。パリのソルボンヌ大学で文学と心理学を専攻した後、ルーヴル学院で美術史を、写真映画学校の夜間クラスで写真を学ぶ。1947年、俳優で舞台演出家のジャン・ヴィラールが創設したアヴィニヨン演劇祭の記録写真家としてジェラール・フィリップらを撮影。ヴィラールが芸術監督を務める国立民衆劇場(TNP)の専属写真家も務める。1954年、『ラ・ポワント・クールト』を26歳で自主制作し、本作は、ヌーヴェル・ヴァーグに先立つ先駆的な作品として評価され、ヴァルダが「ヌーヴェル・ヴァーグの祖母」と呼ばれるきっかけとなった。 もっと読む

1961年に初の長編商業映画『5時から7時までのクレオ』を発表し、1964年『幸福』でベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞。その後、ハリウッドに渡る夫ジャック・ドゥミに同行しヴァルダも渡米する。渡米中もカウンターカルチャーが台頭した1969年のハリウッドを舞台にした『ライオンズ・ラブ』や、LAのストリートアートを捉えた『壁画、壁画たち』を発表。フランスに戻り、1975年、自宅兼事務所を構えるダゲール通りで『ダゲール街の人々』を撮影。その翌年、フェミニズム運動を背景に、二人の女性を描いた『歌う女・歌わない女』を手掛け、1985年『冬の旅』でヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞。
1990年10月27日、闘病中だったドゥミが死去。『ジャック・ドゥミの少年期』の撮影終了から10日後のことだった。
2000年には『落穂拾い』でヨーロッパ映画賞等を受賞し、自身も精力的に活動する。そして2003年、写真家、映画作家に続く3つ目のキャリア“ビジュアル・アーティスト”としての活動を開始。ヴェネチア・ビエンナーレの「ユートピア・ステーション」でジャガイモをテーマにした「パタテュートピア」を発表。
2008年、『アニエスの浜辺』を発表し、セザール賞最優秀長編ドキュメンタリー賞を受賞。2015年にカンヌ国際映画祭名誉パルムドールを、2018年に米アカデミー賞名誉賞を受賞する。2017年に手掛けたフランス人アーティストJRとの共同監督作『顔たち、ところどころ』では、カンヌ国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞、トロント国際映画祭観客賞など多数受賞。
2019年、自身の60年以上に及ぶ創作の歴史を語りつくしたセルフポートレイト『アニエスによるヴァルダ』を携え2月のベルリン国際映画祭に出席し元気な姿を見せるが、翌月の3月29日、パリの自宅兼事務所で息を引き取る。享年90歳と10ヶ月。 閉じる

Cast キャスト

  • サンドリーヌ・ボネール

    Sandrine
    Bonnaire
    サンドリーヌ・ボネール
    (モナ)
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  • マーシャ・メリル

    Macha
    Méril
    マーシャ・メリル
    (ランディエ教授)
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Comment コメント

(敬称略・順不同)

放浪の物語が帰郷によって完結することは「オデュッセイア」から定められた筋書きだった。
そこから外れて終わりのない旅路をさまよう、コミュニティからの追放者たちの物語はようやく語られ始めたストーリーなのだ。
本来ならば女には許されない自由の獲得と、手の切れるような冷たい孤独と、 飼い慣らされない者だけが持つ悲しみと輝き。
「冬の旅」は永遠に新しく、鮮烈で、観る者の胸に切実に訴えかける。
山崎まどか(コラムニスト)
この理不尽で不条理な現代社会の中で、あきらめない、我慢できない女性の心には、モナがいる。
自由を希求する彼女の不屈の魂は、永遠に生きている。
松田青子(小説家)
アニエス・ヴァルダ再評価の波のなかで編まれた『アニエス・ヴァルダ 愛と記憶のシネアスト』に寄稿した『歌う女 歌わない女』の論考において、わたしはヴァルダを「やわらかな革命者」と形容した。
『冬の旅』は、映画史において女性表象を刷新した一本だと断言できる。 そしてヴァルダがもたらした〈変革〉は、これからもたゆむことなく引き継がれてゆくに違いない。
児玉美月(映画執筆家)
どうにもしてあげられない。
スクリーンに映る身勝手で、わがままで、どんどん汚れて臭気を増す彼女の、冬にさすらうという強い衝動の手助けができない。
最期を知りながらも、彼女の涙を拭ってあげられない。そのことで胸が苦しい。
真魚八重子(映画評論家)
映像作家であり、女性監督であることが何ら矛盾しなかったアニエス・ヴァルダにとって、写真を撮り、映画を作ることは「映像で書く」というシネクリチュールの実践を意味した。
亡くなるまで、自作について語り、映画に対するパッションを持ち続けたヴァルダの社会に対する批判の眼は老いることなく、その精神は瑞々しさを失うことはなかった。
一人の少女の死で始まり、死で終る『冬の旅』は、まさに零度のシネクリチュールである。
ヴァルダの移動カメラが捉えるのは、社会のルールや価値観に従うのではなく、自ら自由を選んだ少女の生き様。
それはミステリアスで、穢れ、脆く、抗い続ける、開放された崇高な魂の軌跡だ。 サンドリーヌ・ボネール演じるモナに注がれるヴァルダの視線は限りなく厳しく、果てしなく暖かい。
ヴァルダが遺してくれた奇跡のようなモナの姿は、その悲惨な生と死を超えて、私たちの記憶の中で永遠に力強く生き続ける。
斉藤綾子(映画研究者/明治学院大学教授)
生き倒れた若い女性モナに、アニエス・ヴァルダが命を吹き込んだ。
女がひとり放浪することは簡単ではないが、モナの旅は、身体や性を理不尽に扱うシステムへの抵抗だ。
飢え、暴力、寒さ。残酷な現実の中でモナは誰にも心を明け渡さず、ぞんざいな態度で刹那的にやりすごす。
それでも、出会う女性たちがモナの孤独と自由に魅了されるのは、彼女たち自身に内在する「ホームレス」に響くからだ。
わたしたちはモナを忘れられない。
いちむらみさこ(ノラ)
「漂流する女性」は女性監督が好んで描くヒロイン像だろう。バーバラ・ローデンの『WANDA/ワンダ』(1970)、シャンタル・アケルマンの『私、あなた、彼、彼女』(1974)、ケリー・ライカートの『リバー・オブ・グラス』(1994)、クロエ・ジャオの『ノマドランド』(2020)など、その伝統は脈々と続く。社会の隅で生きるマージナルな女性たちは、自身を美化せず言い訳もせず、ましてや男性に期待せず、どこか達観した面持ちだった。
『冬の旅』(1985)はそんな「漂流する女性」映画の金字塔的作品。原題は『Sans toit ni loi 屋根も法もなく』。女性のホームレスが登場した時代に、屋根も法律も拒否して彷徨う若い女性の物語だ。好奇心と洞察力の作家アニエス・ヴァルダの作品は、主人公の存在そのものが社会批評にもなっている。女性映画が偏見なしに受容されうる今こそ、自他ともに認める巨匠の代表作を裸眼で(再)発見してほしい。
林 瑞絵(映画ジャーナリスト)
ヴァルダ芸術の輝きが、物語の絶望感を凌駕する。
神秘的なまでに悲惨な道行きを通して、『冬の旅』は、あらゆる常識的な形式や慣習、先入観といったものを超越する陶酔感に浸らせてくれる。
The Village Voice
辛辣。でも心揺さぶられる!
Libération
ヴァルダはいつも刺激的!
ケリー・ライカ―ト(映画監督)

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