ジョン・カサヴェテスは「インディペンデント映画の父」と称され、ジャン=リュック・ゴダールやマーティン・スコセッシ、ヴィム・ヴェンダース、ジム・ジャームッシュといった世界の巨匠たちから敬愛された唯一無二の映画監督。ハリウッドの商業主義に対抗し、公私ともに最良のパートナーである女優ジーナ・ローランズや信頼できる仲間たちと「自分の撮りたいものを撮る」という信念のもと、自身の俳優活動で得た収入を注ぎ込んで映画を製作し、インディペンテント映画の可能性を知らしめた。
今回のレトロスペクティヴは、1989年に59歳で逝去したカサヴェテスが世に残した監督作品11本の中から代表作6本を一挙に上映。上映権の再取得が叶ったことで実現したが、一方で、撮影監督、プロデューサーとしてカサヴェテスと併走したアル・ルーバンが2022年に亡くなったことから、その追悼とも言えるタイミングでの開催となる。
普遍的な「愛」をテーマに、人間の内面に潜む「孤独」や「狂気」をすくいあげ、人間の真の姿を追求し続けたカサヴェテス。実験的な演出によって生み出される俳優たちのありのままの姿は、台詞に出さずともその心の痛みが聞こえるほどに生々しく、観る者の感情を大きく揺さぶる。「他の人がおかしいと思うような人に心を寄せていた」と生前語った通り、カサヴェテスの作品に通じるのは、社会のはみ出し者のような不器用な人々を、あたたかく、そして深く見つめる眼差しだ。孤高の映画作家のスピリットは、今なお鮮烈な衝撃をもって受け入れられるだろう。
マンハッタンに暮らす若者たちのありのままの姿を描いた、カサヴェテスのデビュー作にして、後の映像作家たちに大きな影響を与えたインディペンデント映画の金字塔。シナリオなしの即興演出で、俳優たちの揺れ動く感情を見事に捉え、映画の新たな方向性を確立した。大のジャズ好きだったカサヴェテスが依頼したチャールズ・ミンガスの即興演奏もスタイリッシュで魅力的。
関係の破綻した中流アメリカ人夫婦の36時間を描く。男女の愛の葛藤を描いたカサヴェテス一連の作品の原点。自宅を抵当に入れて撮影した監督第2作。アカデミー賞3部門(脚本賞、助演男優賞、助演女優賞)にノミネートという成果を挙げ、ハリウッドにその存在を認知させた革命的傑作。ヴェネチア国際映画祭で最優秀主演男優賞を受賞。
精神のバランスを崩した妻と、土木工事の現場監督を務める夫。壊れかけそうな家庭を繋ぎとめようとする夫婦愛を描いたカサヴェテスの代表作の一つ。脚本はジーナ・ローランズ主演の戯曲として執筆。ゴールデングローブ賞最優秀女優賞(ドラマ)受賞。アカデミー賞主演女優賞、監督賞ノミネート。
暗黒街のマフィア、ストリッパー、ナイトクラブ、犯罪。フィルム・ノワール的なテーマを持つカサヴェテス作品の中でも特異な1 本。カサヴェテス映画の要の役者であり、公私ともに盟友のベン・ギャザラが、巨額の借金を背負いこみ事件に巻き込まれていく場末のクラブのオーナー、コズモを見事に演じ、圧倒的な存在感を示す。
一人の有名舞台女優を通して、人が"老い"を自覚し始めた時に感じる焦燥や不安を描いた作品。ベルリン国際映画祭で銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞したジーナ・ローランズの演技は必見。カサヴェテス作品の中で本作が唯一「夫婦役」として共演している。
他人を愛することに不器用ながらも、愛や孤独をテーマにした小説を書く弟と、その深い愛ゆえに狂気に陥っていく姉の内面の荒廃を描く。「愛、孤独、家族」を主題にしたカサヴェテス映画の集大成ともいうべき傑作。ベルリン国際映画祭金熊賞受賞。
1929年12月9日、アメリカのニューヨークで生まれる。
妻は女優のジーナ・ローランズで、長男のニック・カサヴェテスと次女のゾエ・カサヴェテスは映画監督として活躍。
テレビや映画で俳優としてのキャリアを積んだ後、出演したラジオ番組中の呼びかけで集まった資金を元手に製作した『アメリカの影』(1959)で監督デビュー。1968年、第2作の『フェイシズ』でアカデミー賞3部門(脚本賞、助演男優賞、助演女優賞)にノミネート。1974年の『こわれゆく女』ではジーナ・ローランズがゴールデングローブ賞最優秀女優賞(ドラマ)受賞、アカデミー賞主演女優賞、監督賞にノミネートされる。1977年の『オープニング・ナイト』ではベルリン国際映画祭でジーナ・ローランズが主演女優賞に輝き、1984年の『ラヴ・ストリームス』では同映画祭で金熊賞を受賞している。自らが俳優として得たギャラを製作費として注ぎ込みながら、素人とプロの俳優を共演させるなど、大手スタジオの介入がない自主製作による映画作りを信念とし、独自の映画世界を切り開いた。“インディペンデント映画の父”と呼ばれ、後世の映画監督たちに大きな影響を与えると存在になる。
1989年2月3日、肝硬変のためロサンゼルスの病院にて59歳で他界。
“孤独な夜を知ってる?”カサヴェテスの問い。できれば避けて通りたい事がクローズアップされ、その破れ目が映画そのものを呑み込む。 他者は自分の幻影、また自分自身も他者の幻影、そこから抜け出す為にはボコボコにし合うしかないのか。『オープニング・ナイト』を観てうんざりした幻影まみれの10代の夏。今はどうか。そんな夜なんて知らない、という出発点すら曖昧だ。
カサヴェテスを知らないなんて、
マヨネーズを知らないのと同じ事だ。
それで死ねるか?
ジョン・カサヴェテスの映画を見てしまった人生と、見なかった人生。幸福なのはどちらか、わからない。しかし見たことを後悔した日は1日たりともない。
カサヴェテスの映画をみるといつも高熱のような強い感情に浮かされます。できるならそれを書きたいけれど言葉が追いつかない。だからもう一度見たくなるしうっかり自分でも映画を作りたくなってしまう。『オープニングナイト』の終盤は毎回初めてのようにビックリし続けています。