ベルナルド・ベルトルッチ ――。
『暗殺の森』『ラストタンゴ・イン・パリ』『ラストエンペラー』等でその名を映画史に刻み込んだ、世界に冠たる巨匠のフィルモグラフィーの中で、日本で唯一ソフト化もされず観ることの出来なかった、最も革新的な長編第3作『ベルトルッチの分身』が遂に劇場初公開される。ドストエフスキーの「分身」を換骨奪胎し、ピエール・クレマンティ演じるジャコブが、融通のきかない真面目な青年と狂暴で破壊的な殺人者という極端な2つの人格に引き裂かれていくさまを鮮烈に表現。ベルトルッチ固有の世界をしたてあげた。自身初のカラー作品となる本作は、鮮やかな色彩が躍動した才気溢れる作品だ。
初期のベルトルッチが映画という表現方法を通して探ってきた主題―それは自身を投影している主人公の自己探求であり、監督はそれを<主人公とその分身的な他者>といった構図において描き続けてきた。『ベルトルッチの分身』は、まさに直截「分身」そのものを主題とした作品。監督生活50周年を迎えたベルトルッチの創造の淵源がここにある。
1941年3月16日、北イタリア、エミーリア地方のパルマで生まれた。父親は著名な詩人で文芸評論家のアッティリオ・ベルトルッチ。1952年、11歳の時に家族と共にローマに移住。1956年、ベルトルッチは16ミリの短編映画「豚の死」(La morte del maiale)、「ロープウェイ」(La teleferica)を撮影したり、夏休みにはパリのシネマテークに通いつめ、スタンバーグやルノワール、オフュルス、ムルナウといった作家の映画に熱中するようになる。なかでもゴダールの『勝手にしやがれ』('59)に衝撃を受け、以降、ヌーヴェル・ヴァーグの作品に夢中になる。その一方ベルトルッチは、父親の影響から詩作に励んでおり、1962年、「謎を求めて」(In cerca delmistero)と題された処女詩集が刊行され、21歳で名誉あるヴィアレッジョ賞を受賞。その後、父と友人でもあり、詩壇の先輩でもあるピエル・パオロ・パゾリーニと出会い、61年の『アッカトーネ』で助監督を務める。62年には、パゾリーニ原案による『殺し』で監督デビュー、ヴェネチア国際映画祭に出品。ゴダールに心酔しており、「パルムの僧院」を叩き台にした64年の半自伝的作品『革命前夜』では、ヌーヴェル・ヴァーグを思わせるおびただしい古典映画へのオマージュ、引用が見られる。この作品は、カンヌ国際映画祭の監督週間に出品され、大型新人の登場と評価される。その後、ボルヘスの短編に想を得た『暗殺のオペラ』、モラヴィア原作の『暗殺の森』では、ヴィットリオ・ストラーロの魔術的ともいえる映像美が官能をゆさぶり世界中の映画ファンを魅了。72年には『ラストタンゴ・イン・パリ』が、その大胆な性描写が話題の一端となり本国イタリアでは上映禁止処分を受けるなど物議を醸した。76年の『1900年』では、イタリアの現代史を総括する壮大な叙事詩として高く評価される。また今作は、幻の超大作といわれていたが、日本では82年に世界で初めて第一部と第二部が一挙に公開され、5時間16分という当時の史上最長の上映時間でも話題を呼んだ。82年のこの日本公開時に、監督が来日している。79年には、アメリカ資本による『ルナ』を完成させる。そして、1987年、『ラストエンペラー』で、米アカデミー賞9部門を受賞。その後、『シェルタリング・スカイ』など政治、セックスの主題を追求した様々な作品を世に放った。2007年ヴェネチア国際映画祭では75周年特別金獅子賞を、2011年カンヌ国際映画祭では名誉賞にあたるパルムドール・ドヌール賞を受賞している。2003年頃から背中の痛みに襲われ、何度か手術とリハビリを繰り返し、再発した病気が映画制作を妨げていたが、2012年には『ドリーマーズ』('03)以来となる待望の新作『孤独な天使たち』を発表。本年GWに日本公開が決定している。
大学で教鞭をとる孤独な青年ジャコブ(クレマンティ)はある夜、友人の若い男を突然ピストルで撃ち殺す。後日、ジャコブは何事もなかったかのように好意を抱いている大学教授の娘クララ(サンドレッリ)の誕生日祝いに駆けつけるのだが、そのあまりに奇抜な振る舞いぶりで会場から追い出されてしまう。帰り道、ジャコブの前に巨大な影が現れて、その日を境に自分の“分身”との奇妙な共同生活が始まった……。
1968年に製作された本作は、ベルトルッチ初のオールカラー作品。分身の影が夜の街灯に照らされて大きな影を落とし、それが巨大化していく描写はカール・テオドア・ドライヤーの『吸血鬼』を彷彿させる。その他にもゴダールの『中国女』、エイゼンシュテインの『戦艦ポチョムキン』など、かつてのヌーヴェル・ヴァーグの作家たちが好んだような引用が随所に見られる作品。
原案:ジャンニ・アミーコ
脚本:ベルナルド・ベルトルッチ、ジャンニ・アミーコ
撮影:ウーゴ・ピッコーネ 編集:ロベルト・ペルピニューニ
美術:フランチェスコ・トゥリオ・アルタン
衣装:ニコレッタ・シルヴェーリ
音楽:エンニオ・モリコーネ
製作:ジョヴァンニ・ベルトルッチ
出演:ピエール・クレマンティ、ティナ・オーモン、
ステファニア・サンドレッリ、セルジョ・トファーノ、
ジュリオ・チェーザレ・カステッロ
1968年/イタリア/109分/カラー/シネスコ
©1968 Red films Produced by Giovanni Bertolucci
川岸の草むらで女性の他殺死体が発見され、次々と容疑者が浮上する。取り調べのなかで語られる容疑者の供述を通して、各々の事件当日が描かれていく。
当時のイタリア映画史上最年少となる21歳でのベルトルッチ監督のデビュー作。原題は「死神」。流麗かつ華麗なカメラワーク。フラッシュバックの使用法。ベルトルッチの映画的才能を充分に堪能できる作品。
原案:ピエル・パオロ・パゾリーニ
脚本:ベルナルド・ベルトルッチ、セルジオ・チッティ
出演:フランチェスコ・ルイウ、ジャンカルロ・デ・ローザ
1962年/イタリア/92分/モノクロ/ヴィスタ
©MEDIATRADE – CINEMATOGRAFICA CERVI - CINERIZ
ベルトルッチ監督長編第2作。スタンダールの名作「パルムの僧院」を下敷きにした監督の半自伝的な作品。マルクス主義者を自認するブルジョワ階級の青年のアイデンティティーの危機を瑞々しく描いている。様々な映画手法を駆使し、当時のベルトルッチのヌーヴェル・ヴァーグへの傾倒ぶりが窺われる作品。
カンヌ国際映画祭新進批評家賞(1964)、ナント国際映画祭マックス・オフュルス賞(1967)受賞。
原案・脚本:ベルナルド・ベルトルッチ、ジャンニ・アミーコ
音楽:エンニオ・モリコーネ
出演:アドリアーナ・アスティ、フランチェスコ・バリッリ
1964年/イタリア/112分/パートカラー/ヴィスタ
©1964 Iride Cinematografica
©2010 Cristina D'Osualdo. All rights reserved.